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大阪高等裁判所 昭和46年(う)744号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人于元忠を罰金三〇万円に、

被告人金儀司を罰金二〇万円に処する。

被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、いずれも金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人村林隆一、同片山俊一連名作成の控訴趣意書及び昭和四六年九月一三日付補充控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨一は、原判決が原判示第一の事実に対し有線電気通信法二一条を適用したことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。すなわち、同法が有線電気通信設備の設置につき郵政大臣に対する届出義務を課し、この違反に対し罰則を設けていることからすれば、同法の保護を受ける有線電気通信設備は右届出のあるものに限られ、届出のないものについては同法の保護がないものと解すべきであるから、右届出のない原判示第一の有線放送用電線を切断撤去した被告人らの所為に対し、同法二一条を適用して処断することはできない、というのである。

しかし、同法三条一項において有線電気通信設備を設置しようとする者に対し、前記届出義務を課したのは、有線電気通信がその性質上公共性を有するものであるところから、同法一条の目的達成に資するためこれを設置しようとする者に対し、適切なる行政指導を行う必要があるからであつて、特段の行政指導を要しない同法三条三項所定の有線電気通信設備については右届出を要しないものとしているのであり、右届出の有無によつて有線電気通信が具有する公共性が左右される理由はない。同法二一条において、有線電気通信を妨害した者に対し、五年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金という重い刑罰を規定するのも、右の公共性を重視しその利益を保護しようとするものにほかならない。このことは、同法二一条において、右届出のない場合についてこれを除外する旨を規定していないことからも明らかである。従つて、右条文は前記届出のない場合においても適用されるべきものと解するのが相当である。論旨は理由がない。

論旨二は、原判示第一の被告人らの所為は、自力救済として違法性が阻却されるものであるのに、原判決が有線電気通信法二一条を適用処断したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。すなわち、占有者から不法にその占有を侵奪した者がある場合に、未だ侵奪者の新たな占有が確立せず、双方の占有がかく乱状態にある場合には、前の占有者がその占有権に基づき緊急性の要件を具備しない場合でも実力によつて取戻す行為は「占有権に基づく自力救済」として肯認されるところ、有限会社大阪ミュージックサービス社(以下単に大阪ミュージックと略称する)は、株式会社大阪有線放送社(以下単に大阪有線と略称する)所有の原判示第一の有線放送用電線(以下単に本件放送線と略称する)が遊休線になつていたことに乗じ、ひそかに大阪ミュージックの引込線その他の設備にこれを連絡させ同社の音楽放送を行うことにより、大阪有線の占有権を不法に侵奪したものであり、被告人らは右事実を原判示第一の行為の一箇月ほど前になつてはじめて発見し、直ちに大阪ミュージックに対し再三抗議し右侵奪行為をやめるよう求めたが全く応じる態度を示さなかつたので、やむなく占有回復のため原判示第一の行為に及んだものであり、当時においては、本件放送線に対する大阪有線の占有が存続し、大阪ミュージックの占有は未だ確立するに至らず、両者の占有がかく乱状態にあつたのであるから、法律上の保護を求める時間的余裕の有無を問わず「占有権に基づく自力救済」として、違法性が阻却されるべきものである。しかも、本件放送線の切断撤去に際し、被告人らは、各加入店への音楽放送中断等の被害を最少限にとどめるよう配慮し、撤去後直ちに各加入店に大阪有線の音楽放送が流れるよう連結工事を施した結果放送中断は極めて一時的であり、また雑音等の悪影響も極く僅かにとどまり、自力救済の手段としても相当な範囲内にあるものである、というのである。

案ずるに、原判示第一の事実に関する原判決挙示の各証拠によれば、本件放送線の一部は、もと大阪音楽放送社の所有に属していたが、昭和四〇年三月三一日同社と大阪有線との協定が成立した際、これを大阪有線が譲り受け、同日以来大阪有線において本件放送線全部につき所有しこれを占有していたところ、大阪ミュージックが同年末ごろから大阪有線の営業地盤である大阪市南区内に自己の加入店を獲得して、遊休状態にあつた本件放送線に大阪ミュージックの放送線、引込線その他の設備を勝手に取り付けて音楽放送営業を続けて来たこと、被告人らは、翌四一年七月初ごろはじめて右事実を知り、早速大阪ミュージックの山本某宛に数回にわたり電話をかけ抗議したが、同人が忙しいことを理由に返事をせず、大阪ミュージック側からの誠意ある回答を得られなかつたところから、被告人らにおいて、同月一〇日午後一一時三〇分ごろより翌一一日午前二時ごろまでの間に、本件放送線を切断撤去するとともに、大阪ミュージックの顧客たる前記加入店の引込線に大阪有線の放送線を接続してその音楽放送を流したこと、従つて、本件放送線は、昭和四〇年末ごろから約半年間にわたり、大阪ミュージックの放送線あるいは同社の顧客たる加入店の引込線に接続され同社の音楽放送に使用されていたのであり、もとより大阪有線の顧客たる加入店の引込線等とは接続されていなかつたのであるから、大阪ミュージックにその占有が移つていたことは客観的に明白であつたことが認められるから、所論のように両者の占有がかく乱状態にあつたものとはいえない。そして、被告人らにおいて、本件放送線に対する大阪ミュージックの不法占有を解きその回復を求めるために、法の保護を求める時間的余裕がなかつたものとは認められないから、自力をもつて大阪ミュージックが占有する本件放送線を切断撤去した被告人らの原判示第一の所為はその余の所論につき考究するまでもなく違法性を阻却されるものでないことは明らかである。論旨は理由がない。

論旨三は、被告人于元忠の原判示第二の各所為は、可罰的違法性がないのに原判示第二の一の事実に対し有線電気通信法二六条一号(原判決中第一項とあるのは一号の誤記と認める)を、原判示第二の二の事実に対し有線放送業務の運用の規正に関する法律一四条一号を適用した点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。すなわち、被告人于は、昭和四二年三月一〇日に郵政大臣宛の各届出書を中国電波管理局に提出し、右届出書は形式的要件をすべて具備していたから、右各届出が法定の期限より遅延した日数は、第二の一について、有線電気通信設備の設置工事開始日たる同年二月二六日の二週間前より遅延すること約三週間半であり、第二の二について、音楽放送業務を開始した日より遅延すること約一週間半に過ぎず、しかも(1)工事着手前あるいは業務開始前に右の届出をすることは、同業者から営業妨害を受けるおそれがあるばかりでなく、加入店との契約締結は工事後でないと不可能であるため、工事着手前あるいは業務開始前に届出をせず、なかには設備設置後三、四年もの間無届のままになつているのが有線放送業界の実態であること、(2)法が右事前届出義務を課したのは、有線電気通信に関し不適切な配線設備等による混乱を避けるため適切な行政指導を行うことを目的とするが、被告人于の経営する大阪有線は全国の市場占拠率五〇パーセントを超える第一位の優良業者であつて、技術水準が高く他の通信等に全く悪影響を与えていないこと、(3)中国電波管理局では有線音楽放送業者を一都市に一業集者のみ認めるという行政指導方針をとつていたから、既に同業者が存在する岡山市において、大阪有線が事前に届出をしても受理されないことが、当初から明白であつたこと、などの諸事情を考慮すれば、本件各届出の遅延は軽微であつて可罰的違法性を欠くものである、というのである。

案ずるに、原判示第二の事実に関する原判決挙示の各証拠によると、被告人于は、原判示第二のとおり、昭和四二年二月二六日ごろより岡山市内において有線電気通信設備の設置工事を開始し、また、同月二八日ごろ、同市内の約五〇店に対し右設備を用いて音楽を送信して放送業務を開始しながら、各所定の日までに郵政大臣にその旨の届出をしなかつたことは明らかである。もつとも、前記各証拠及び当審第二回公判調書中被告人于元忠の供述部分を総合すると、被告人于は、同年三月一〇日ごろに至り中国電波管理局に有線電気通信設備の設置及び有線放送業務開始に関する届出書(行政指導により一通で各届出を兼ねる様式のもの)を提出したところ、電柱の所有者ないし管理者との電柱共架契約及び道路管理者との道路使用承諾契約に関する書類の添付がないことを理由に、同月一三日ごろ右届出書が返送されたので、同月二〇日ごろ同被告人みずから右届出書を同局に持参して受理方を交渉したが、電柱共架契約がないために正式に受理されずに至つていることが認められるが、有線電気通信法三条一項に規定する「届出」及び有線放送業務の運用の規正に関する法律一四条一号(昭和四七年法律一一四号による改正前のもの)に規定する「届出書の提出」は、行政庁の認可あるいは許可を求める手続とは異なり、届出書として形式的要件を具備した文書の提出があれば、右各法条の「届出」ないし「届出書の提出」があつたものと解するのが相当であり、電柱共架契約あるいは道路使用承諾契約に関する書類添付の有無により届出の効力が左右される理由はないから、本件各届出は同年三月一〇日ごろになされたものと認めることができる。しかしながら、中国電波管理局長福守博の検察官宛昭和四五年一月三〇日付回答書によると、同管理局内において一地域一業者が望ましいということを理由に有線放送の設置及び業務開始の届出受理を拒んでいないことが認められ、また、記録を検討するも、事前届出自体により同業者から営業妨害を受けるおそれがあつたものとは認めることができない。そして記録によると、所論の前記(2)のような事情から、有線放送業界において事前届出をせず、なかには設備設置後数年間も届出のない事例があること、被告人于の経営する大阪有線の技術水準は比較的高度であり他の通信等に悪影響を与えるおそれがすくないことが認められるが、右のような事情があるからといつて、さきに認定した同被告人の前記各法条違反の所為が可罰的違法性を欠くものと認めることはできない。論旨は理由がない。

次に、職権をもつて調査するに、原判決は、刑法二三三条の偽計業務妨害と有線電気通信法二一条違反とは、いわゆる法条競合(一般と特別)関係にあるから、後者の罪で問擬する以上さらに前者の罪は成立しないとして、偽計業務妨害の訴因につきその事実を認定しないで判決したものであるが、右は法令の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認したものといわざるを得ない。

すなわち、刑法二三三条の偽計業務妨害罪は、偽計を用い人の業務を妨害することを構成要件とするのに対し、有線電気通信法二一条違反の罪は、有線電気通信設備の機能に障害を与えることにより通信を妨害することを構成要件とするものであるから、両者は、構成要件の面において異なるばかりでなく、保護すべき利益の側面を異にするから、後者の罪に前者の罪をすべて包含すると解することは困難である。そして、また、有線電気通信法の立法趣旨および同法二一条の規定の内容に照らすと、同法条違反の罪がその通信妨害により生ずる業務の妨害を処罰の対象として包含し吸収していると解することもできない。従つて、後者の罪のほかに前者の罪も成立し得るものとして、両者は観念的競合の関係にあると解するのが相当である。しかるに、これを法条競合の関係にあると解し前者の罪の訴因につき処断しなかつた原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認した違法があり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

右の理由により、その余の控訴趣意について判断するまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判するに、原判決挙示の関係各証拠により次の事実を認定するほかは、原判示第二の一、二の事実を引用する。

被告人于元忠は、有線放送業を営む株式会社大阪有線放送社の代表取締役、同金儀司は、同社の技術主任であるが、

第一、被告人両名は、同業者である有限会社大阪ミュージックサービス社が自社の営業地盤である大阪市南区方面に進出したのでこれを阻止しようと企て、同社従業員井上勝次ほか約二〇名と共謀のうえ、昭和四一年七月一〇日午後一一時三〇分ごろから翌一一日午前二時ごろまでの間、右大阪ミュージックサービス社が不知の間に、別紙記載のとおり、同区および同市東区内において、当時同社が同市南区順慶町三丁目六五番地喫茶店ライトこと園田貞子ほか九名の顧客に対し音楽放送を送信するため使用していた有線放送用電線をひそかに切断撤去し、右大阪ミュージックサービス社の園田ら方への放送を不能ならしめ、もつて有線電気通信設備を損壊し偽計を用いて右大阪ミュージックサービス社の有線電気通信を妨害するとともに同社の音楽放送業務を妨害したものである。

法律に照らすに、被告人両名の判示第一の所為中、有線電気通信を妨害した点は有線電気通信法二一条、刑法六〇条に、偽計により音楽放送業務を妨害した点は刑法二三三条、六〇条に、被告人于元忠の、判示第二の一の所為は有線電気通信法二六条一号、三条一項に、判示第二の二の所為は昭和四七年法律一一四号による改正前の有線放送業務の運用の規正に関する法律一四条一号にそれぞれ該当するが、判示第一の有線電気通信法違反と偽計業務妨害とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条によりいずれも重い前者の罪の刑に従い所定刑中罰金刑を選択し、被告人金儀司につきその罰金額の範囲内で、被告人于元忠につき以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で処断することとし、被告人金儀司を罰金二〇万円に、被告人于元忠を罰金三〇万円にそれぞれ処し、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、原審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。

(戸田勝 萩原壽雄 野間洋之助)

別紙〈略〉

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